【微熱日記】買い物下手

最近自分が買い物下手ぶりが顕著で、ちょっと情けない気分だ。これは買い物を失敗した話ではない。買おうと思って延々と悩んで時間を無駄にしているという話。

前回夏の準備ができていないうちに夏がきてしまった、という話を書いたが、いまだに香水を買っていない(あんなに決意したのに)。まだどれにするか悩んでいる、というのならまだわかるのだが、少量のサンプルを取り寄せて試してみて、買いたいものはほぼ決まっている(これについては結構計画的に準備していた)。それなのに、なぜか毎日「買わない理由」を見つけてしまうのだ。今日の理由は、オード・トワレだとちょっと重いかな、だ。いい年だし、香りは気に入っているし、つけ方を考えればいい、ただそれだけなのに、その理由を見つけた途端にブラウザーを閉じて、夜に再考しよう……とか自分に言い訳をしている。この間ようやくみつけた、なくしてしまった折り畳み傘の傘袋だって、防水じゃないから傘袋としては絶対必要ってわけじゃないし、とか。はぁ。

買うものが決まっていないのではなくて、買うかどうかで時間を使うのはちょっとなんだか情けない。もちろんいらないものを買う必要はないのだけれど、ずいぶん長い間買う計画を立てて、楽しく考えてきたのに、最後の最後でこれはないだろう自分、と思ってしまうのだ。何を買おうかなあと考えて、買うものを選んでいるときは純粋に楽しいから苦ではないのだが、なんでこんなに優柔不断なのか。

ひとつは「現物を対面で買ってるわけではないから」、だろうなあと思う。割と本、万年筆やカップなんかは、その場で気に入ってまあ買える値段であればさほど躊躇しないのだが、ファッションや、身の回りのものをさらっとネットで買うことができない。これが家族や友人のものだと(たとえ自分がお金を払う役回りであっても)、さっと買えるのだから、なんかチガウ回路が使われているに違いない。

まあ、自分でも長期戦で気に入るものを探しているものはいくつかあって、フロアライト(ソファで読書するため)とかライティングビューローとかの家具類は、気に入ったイメージをPintarestにため込んで、理想のカタチに出会えるのを待っているのだけれど、こういうのはあんまり気にならない。一期一会なので、出会えたら買える気がする。買いたいものを選んで待つというプロセスは嫌いではないのだ。

昔からそんなだったか?と思うとそうでもなく、割と最近この「買い物最終段階優柔不断」がひどい気がする。思い当たるのは店に気軽に行けなくなった最近の環境と、家というセレクトがものすごく大変だった買い物をしたことだ。家だって最終的には縁と直感で舞台から飛び降りるわけだけど、それまでのプレッシャーが並じゃなかった。

冷静に考えてみれば、身の回りのものだって、買い物してこれで一生これで行く!となるわけじゃないのだから、少額の買い物に悩んで、その間なにも経験せずにいるよりは自分なりにチャレンジして好みをチューンナップした方がいい。……って書いてきて、気が付いてしまったのだがこれは「年を取った」ということではなかろうか。

次の悩みそうな買い物は車(今の車もそろそろ車検代>買い取り代になってる)なのだけど、いきなり理想の車は買えないし、自分のへたくそ運転も見合わない。かっこよく運転するばーちゃんを目指してちょっとずつ買い物上手を目指そうと思う。

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