【微熱日記】ストレッチショートニングサイクル

例によって1年ほど、下書きを3つ4つ積んで、アウトプットのない期間。失礼をば。またしばらく思いつきで少し書くつもり。よければお付き合いの程。

久しぶりに海外に行ってきた。最繁期の仕事の合間を縫ってだし、基本的に仕事だからさほど楽しめたわけでもないが、それでもなにか薄皮が剥けたというかカサブタが剥げたというかそんな気持ちになった。だからきっと行ってきてよかったのだろう。

行く、と決めてから実際に出発するまで、なんだかよくわからないがずっと緊張状態だった。ずっと浅い呼吸ですごしているようなそんな感じ。それこそ世界との間に薄い膜があるような。

難しいだろうなあという予定でも手帖に書いておけば叶う確率が上がる、という話が頭にあって、日付のわかっている行けたらいいなあというイベントは手帖に書くことにしている。この旅の予定は去年の秋ごろに書いたのを憶えている。様々な予定が年度を超えて入っていく中で、その1週間は春まで空白を守り切った。前後はそのしわ寄せで予定だらけだ。そうなってもまだ迷っていた。行っていいのだろうか。

簡単に踏み切れなかった一つの理由は飛行機代だ。時期のこともあって、自分が許容できる値段の倍近い値段。払えないわけではないけれど、こんなバカみたいな値段を払ってまで行くべきか。それなのに残席はあと2!それ以外にもくだらない行かない理由が頭にたくさん思い浮かんでいた。家族や友人は是非行ったらいい、無理がないのなら行くべきだと言ってくれていた。結局自分が自分に許可が出せていなかったわけだ。なんとなく今の自分に納得がいっていなくて、それなのに行っていいのかと。そう考えると「行きたい」とは思っていたのだ。

とはいえ、戦争・感染症・自然災害、今日の旅行可能地域は明日行けなくなるかもしれない。この5年はそれを感じるのに十分な時間だった。山ほど浮かんだ不安を振り落として、予約のボタンを押した。ツアーではないので、飛行機・宿・そのほかのチケットはすべて自分で押さえるわけだが、ひとつひとつ決めることがかなり大変だった。大丈夫だろうか?本当に無事にたどり着ける?

よく考えてみれば、別に言葉も困らないし、最悪お金さえ何とかなればその手の失敗は挽回できる。言葉もお金も困っていた若いころにはまったくそんな不安がなかったのに、不思議なものだ。やっぱり年を取ったのだなあ。チャレンジがストレスになるあれ。そんな風に出発前は思う様になっていた。

実際に成田に行って飛行機に乗って、12時間のトランジットをやり過ごして、ほとんどの恐れていたことは起きずにスムーズに現地にたどり着いた。ホテルまで徒歩10分が石畳にスーツケースがはまって大変だったことを除けば、ほぼ何も起きなかった。電車が人身事故で止まったりしなかったし、スカイライナーの乗り換えにも手間取らなかったし、バッグドロップで行列はなかったし、トランジットで泊る空港近くのホテルも簡単にたどり着けて、変な時間ながらご飯も食べられた。飛行機も遅れなかったし、ロストバゲージもなかった。なんでそんなに色々心配していたのだろう……って全部経験したことがあるからだ。ちなみに帰りは飛行機が遅れたので、空港の中を少々走った。

そういえば、帰るつもりで空港にいったら飛行機がキャンセルになっていて、慌てて空港の近くのホテルに泊まったとか、飛行機が間に合わなくて到着空港が変わって荷物がロストしたとかそれなりに色々あったのに、そしていつも何とかなっているのに、なんでそんなに心配だったのだろう。

帰ってきてしわ寄せで詰め込まれていたいくつかの仕事をかたづけて、息をはいた今思うのは、結局がっちがちでゆとりがなかったんだろうなあ、ということだ。ジャンプをするときに曲げる膝がかたまっていて「ため」が作れなかった。

考えてみればコロナのころに「この特別な時期を乗り切れば」と全力で走ってきたのをシフトチェンジできずに来た。仕事は倍増してそのままになり、自分の仕事が進まないこと、関連する権利をないがしろにされること、それ以外の仕事はやって当たり前の仕事になり、もうちょっともうちょっとと無理押しが続いていた。去年の今頃、家族が入院してさらにシフトアップせざるを得なかった。物理的に難しい会合も時間外にオンラインで開かれたりする。明るいうちに家に帰れたことって最近ないよな。なんとなくずるずると来たけど、ちょっとここらで考え直さねば。

不安は仕事や作業をいっぱい連れてくる。不快なことが起こる予感は曲げる関節をこわばらせる。「嫌な顔をされた」ということより、「結果としてうまくいった」という方を受け取りたいのに、それがなかなかうまくいかないのは、自分がゆとりをもって仕事をしていないからだろう。頭でわかっていても身体が緩んでくれない。私にとっては旅こそゆとりを作るものの一つのはずなのに。

江國香織の「旅ドロップ」にたくさん旅をすることについてこんな話が出てくる

誰かが亡くなった場合、その人が生前によく旅をした人だと、残された人たちにはなぐさめになると私は思う。すくなくともたくさんの場所に行き、たくさんのものを見たのだと思える。だから、将来私を見送ってくれる人たちにそう思ってもらうためにもたくさん旅をしたい、と書いたら都合がよすぎるだろうか。

今回の旅は行きはアラスカの脇をとおって、グリーンランドの上を通り、帰りはウクライナより下、シリア・イラクよりは上を通り成田に戻ってきた。帰りのフライトマップをみながら、本当に細い道が通っている現状なのだなと思った。よく旅をする人になるのもなかなか大変な時代になってきたけれど、自分の膝を緩めるためにも、これからも色々と理由をこじつけて旅をすることにしよう。

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